「海がきこえる」を裏話交えて振り返る、望月智充監督「唯一と言っていい体験」

左から制作プロデューサー・高橋望氏、望月智充監督。

東京のBunkamuraル・シネマ渋谷宮下で限定上映中のアニメ「海がきこえる」。そのヒットを記念したティーチインイベントが、去る4月19日にBunkamuraル・シネマ渋谷宮下で開催された。イベントには望月智充監督と制作プロデューサー・高橋望氏が登壇した。

氷室冴子の小説が原作の「海がきこえる」は、東京の大学に進学した杜崎拓が高知の大学に行ったはずの武藤里伽子の人影を目にしたことをきっかけに、高校時代を振り返る物語。勉強もスポーツも万能の美人・里伽子と、彼女に思いを寄せる拓、同じく里伽子に惹かれる拓の親友・松野がそれぞれ自分たちの心と向き合うさまが描かれる。アニメは1993年に、当時のスタジオジブリの“若手制作者集団”によって制作され、TVスペシャルとして放映された。

90年代、研修生という形で新人を採用していたスタジオジブリ。若手制作者集団には、「君の名は。」の作画監督・安藤雅司、「Gのレコンギスタ」のキャラクターデザイン・作画チーフを担当した吉田健一ら、錚々たるメンバーが集っていたという。望月監督は彼らの印象について「よかったこととして、みんな驚くほどうまかったんですよ。アニメーションとして非常に絵や動きがキレイな作品を作ることができた」「うまい人だけでできあがっているチームは、後にも先にもこのときだけ。唯一と言っていい体験でした」とコメント。自身が監督となった経緯については、もともと氷室作品のファンでほぼ読破していたことを告げ、「『ここはグリーン・ウッド』を作っているときに高橋さんからオファーをいただいて。小説の挿絵を描いていた近藤勝也さんが参加するという話だったので、やってみようと思いました」と述べた。

少し前に劇場に足を運び、お忍びで鑑賞したという望月監督。久しぶりに作品を観た感想を問われると、「こんなに丁寧な作業をしてたんだなって。基本カメラワークもないし、アニメーターが動きを描くとか、芝居を描くとか、その作業だけでできあがっている」と驚いたことを報告した。

風景描写のリアルさにも定評がある「海がきこえる」。望月監督は「基本的にすべての景色が実在していて、そのまま描くというのは当時なかったように思います」と振り返り、実際に高知県に取材に赴き、写真をたくさん撮ったというエピソードを明かす。また「近藤勝也さんが言い出して、レイアウトは写真を拡大して使おうとなった」など、半年あるかないかという限られた制作期間中、創意工夫した裏話も語られた。

冒頭の拓が里伽子を吉祥寺駅で見かけるシーンと、最後の吉祥寺駅で2人が再会するシーンはアニメオリジナル。その意図について、望月監督は「原作の前半部分をアニメにするにあたり、中途半端に終わらせるのではなく、この作品ならではのラストが作りたかった。きちんとアニメとして終わらせたかった」と思いを吐露した。

高橋プロデューサーが「普通テレビ放送用となると、当時のテレビの真四角の画面、4対3の比率で作られるが、『海がきこえる』は若手とはいえジブリが手がけるのだから映画として作ろう」と提案したことで、「海がきこえる」は今の横長の形になったという。高橋プロデューサーは「そのことでまったく古びていない。ジブリ作品の1本として残るよう、ジブリの最低限のフォーマットを守ってよかった」と安堵。望月監督も同意し、「あれが4対3でしか残っていなかったとしたら、ゾッとします」と頷いた。

「海がきこえる」は、キャスティングにも苦労し、特に里伽子役はなかなか決まらなかったという。そんな中、鈴木敏夫から「この人はどうか」と坂本洋子を紹介されそうで、その話を振られると望月監督は、「里伽子役の坂本(洋子)さんは、当時劇団員をやっていたほか、鈴木敏夫さんのおじさんの会社でバイトしてたんですよね。そのご縁で。鈴木さんが好きそうでしょう」と答える。

質疑応答のコーナーでは、多くの観客から手が上がった。画面に白いフレームが出てくるのが印象的だが、その狙いについて聞かれると望月監督は、「現在は飛行機に乗っている(大学生の)拓だが、(本編で描かれるのは)拓の高校時代の思い出がほぼ全部なので、そこを行ったり来たりしているとわかりにくいと思い、回想と現在の間に目印として入れた」と返答した。

里伽子のキャラクター像について、原作よりアニメのほうがそっけなく感じたが何か意識した点があったのか、また声を当てた坂本をキャスティングした決め手について質問がおよぶと、「普通の声優ではないということで、場違いな雰囲気があったんですけど、里伽子は高知の世界の中でエイリアンなので、そこが逆にいいんじゃないかと思って賛成しました。(里伽子のキャラクター像も)狙って造形したわけではなく、動きと声がついたことで生々しさがより出たのでは」と語る。高橋プロデューサーからは、作品にも出演していた島本須美が、高知弁のトレーナーとしてキャスト陣に指導していたことが伝えられた。

続く一番お気に入りのシーンとその理由という質問には、望月監督は「パッと思い浮かぶのは、文化祭の後で女の子たちと里伽子が校舎裏でけんかして、里伽子が1人泣きだす。あのけんかのリアルさですね。もう1つは、居酒屋での同窓会。大勢いるキャラが全部ちゃんと動いていて、アニメでは非常に難しい、狭い空間に密に人がいる感じがちゃんと描かれている」と語る。高橋プロデューサーは、「宮崎駿・高畑勲監督らが積み上げてきた、自然の日常芝居を描くという“アニメーションの可能性”を正当に受け継いだ作品」と称したうえで、「拓の家でご飯を食べていて、テレビにはロボットアニメ『ゴーカイダー』が映っているシーンが好き。本筋ではないけど、ただご飯を食べる。そういうシーンを表現として成立させるアニメーションの力みたいなものをすごく感じた」と回答。その後もさまざまな質問が飛び交い、終了時間のギリギリまで途切れることはなかった。

最後に高橋プロデューサーが「『海がきこえる』がこれだけ多くの人に愛されていることをどう思うか」と質問を投げかける。望月監督は「今回史上2回目の劇場公開だが、ロードショー的にやるのは初めてみたいなもの。ジブリ作品の中では観たことない、ジブリは全部観ていると言いながら『海がきこえる』だけは観ていないという立ち位置にある作品だと思っていたけど、(上映・放送されてから)30年経って、制作当時生まれていなかったであろう若い人が7割も観に来てくれると思わなかったので、これは老い先短い僕へのご褒美ですかね(笑)」と喜びを語り、イベントは盛況の中幕を閉じた。

「海がきこえる」限定上映

日程:2024年3月15日(金)~4月25日(木)
会場:東京都 Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下

※高橋望の高ははしごだかが正式表記。